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大山倍達は昭和の時代に活躍した空手家 [気になるネタ]

大山倍達は昭和の時代に活躍した空手家の一人です。

両親は韓国人で大山倍達も元は韓国で生まれ育ちました。
なので、彼は日本名の他にも崔 永宜という韓国名を持っています。
大山倍達が日本に来たのは16歳の頃で、山梨にある現在の日本航空高等学校に通っていました。
その後拓殖大学司政科を卒業し、早稲田大学高等師範部体育科を中退しています。
高校を卒業後は軍人になる事を決心しますが、
通っている最中に戦争が終わったため軍人にはなっていません。

大山倍達は若木竹丸の本である「怪力法」に大きな影響を受けて
ウェイトトレーニングをするようになります。
すると一般的な体よりも格段に筋肉が発達したためレントゲンを撮影しても骨が薄く見えるだけで
はっきり見える事は無かったと言われています。
また、トレーニングや実践などは好んで行うものの、型の稽古は嫌いだったそうで
周りの人からは型は下手だったと良く言われていたそうです。

また、大山倍達は握力が非常に強かったそうです。
なんでも彼は若い事から指の訓練をしていたそうで、最高だと120キロ程度あったとされています。
それに彼はたった3本の指だけで10円玉を曲げた事があると言っている人もおり、
それを実際に見た事があると証言した人もあるので
120キロの握力は本当にあった事が良く分かります。

10円玉曲げの他にも手刀でビール瓶を割る事も出来たと言われているので
それを想像するだけでも彼のすごさを垣間見る事ができるのではないでしょうか?

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